よむためにうまれて

上昇気流にのって旋回する沖合いのカモメのように、子どもの本のまわりをぐるぐるしながら、ぷかぷかと日々に浮かぶマナティのような個人的記録も編んでいます。

もの凄くこのブログに関係のないおはなし

このブログは、子どもの本屋さんや、子どもの本のことを語らう人がまわりにいない・・・と思って、勝手にアウトプットできる場所をもつためにブログを始めただけなので、社会的なことなんかは、可能な限り、ジェーン・オースティンの小説並みにブロックされた世界観でやっていきたい、と思っていた。

だけれど、もはやこの新しいウイルスの話題でもちきりの今、このことをアウトプットしないでは先の記事を書く気にもなれないでいる。

そして、パンデミックが時間の問題であるならば、そのときこそ、理性的で冷静であるように、と思うようになってきた。

 

私たちが今、目撃しているのは、医療の崩壊という以上に、別のものの崩壊、あるいは、別の「機能していない何か」であって、決してウイルスそのものの問題ではないのだ、と思う。

 

どんな子どもの本も、主人公は困難を越えようとする。
と云ってしまうと、なんだかファンタジーの中のはなしをしているように聞こえるけれど、要するに、その中に潜んでいた人間の本来の力のはなしだ。
暗闇の向こうに潜んでいる未知のものに挑んでいく判断力、
それを見極める冷静で的確な思考力、
正解の存在しない状況下で次の一手を打っていく決断力、
それによって発生する次の問題を見極める想像力、
と、
そしてそれらを引き出してくれる、自分を、誰かを守ろうと想うエネルギーと勇気。

 

奇しくも、もうすぐ9回目の3.11が巡ってくるこの時期に、私たちは、再びあのときと同じくらいの失望感を感じざるを得ないことを、目撃しているのかもしれない。と思うのも、甚だ悔しいことだ。
あのあと、あの政権がどれほどの失望感と怒りを受けて転覆したか、よく思い出すべきだ。

 

外出を控える今こそ、本を読みたい。
答えがないときこそ、本を読んで考える力を鍛えたい。


そういえば、こういうものをすでに分析していた本があったな、と思って、本棚の一冊を開いてみた。

 

『失敗の本質』(ダイヤモンド社)は、

「組織は進化するためには、新しい情報を知識に組織化しなければならない。つまり、進化する組織は学習する組織でなければならないのである。組織は環境との相互作用を通じて、生存に必要な知識を選択淘汰し、それらを蓄積する。」

としていて、日本に壊滅的な敗戦をもたらした日本軍の組織的欠陥を、今も引き継いでしまっている日本の組織について、こう述べている。

 

日本軍が特定のパラダイム固執し、環境変化への適応能力を失った点は、「革新的」といわれる一部政党や報道機関にそのまま継続されているようである。すべての事象を特定の信奉するパラダイムのみで一元的に解釈し、そのパラダイムで説明できない現象をすべて捨象する頑なさは、まさに適応しすぎて特殊化した日本軍を見ているようですらある。
さらに行政官庁についていえば、タテ割りの独立した省庁が割拠し日本軍同様統合機能を欠いている。このような日本の政治・行政組織の研究は、われわれの今後の課題である。

 

「今後の課題」と書かれたこの本は、昭和59年――35年も前に書かれたものである。