よむためにうまれて

上昇気流にのって旋回する沖合いのカモメのように、子どもの本のまわりをぐるぐるしながら、ぷかぷかと日々に浮かぶマナティのような個人的記録も編んでいます。

黒猫を再認識したはなし

昨日、テレビをつけたら「魔女の宅急便」がやっていて、

ちょうど、キキがトンボにパーティーに誘われるんだけど、

仕事が立てこんできて、やっと焼けたパイを届けるうちに雨はふってくるし、

ここからじょじょに魔女としてのスランプにおちいる、ていう場面だった。

 

(なつかしいなぁ~)と思って何気なくちょっと見ていたら、

この中のジジがちょっとおもしろくて、

びしょ濡れでパイを届けたキキにむかって、

「このパイ嫌いなのよね」という女の子に、

ベーっと舌を出したり、

本当にあの人の孫なの?と言ったりして、

なかなか口が悪いんだけど、対照的にこのあたりからキキは全然話さなくなる。

 

そこで、ジジっていうのは、Northern Lightsフィリップ・プルマンDaemonみたいなものだったのか~、と今さら気づかされた。

 

トンボとの関わりが進んでいくとジジの言葉がわからなくなる、というところも、ユングのアニマ/アニムスの点でとても面白い。ジジはオスだから、キキのアニムスの役目でもあったのが、現実の異性との出会いでジジの言葉がわからなくなってくるのは納得がいく。

さらに、本当はキキが言いたい(けど言わない)ことを代わってジジがズバズバ言うんだねぇ。心の奥の奥のほ〜の声を代弁しちゃうんだね。いい奴だね。

 

留学中に子どもの本の中の動物の存在に興味をもって、Daunt Booksの記事でもちらっとふれたZoe Jaquesのポストヒューマニズムから考察した動物の捉え直しにも夢中になって以来、動物はいろんな視点をその背後に背負っている、ということが気になり始めた。 

 

かなりな時を経て久しぶりに見た「魔女の宅急便」は、ジジこそ、とても可愛くておもしろい存在だった。

 

 

日本人にとっては、❛ソメイヨシノにあらがう❜ というチャレンジングなときですが、来年晴れ晴れとした気持ちでこの美しさを愛でるためにも、今は、じっとがまんですね。。。