今朝、元気よくミンミンゼミの声が響いてました。
ちょっと鳴いてやめてしまったけど、
野太くミ~ンミンミンときれいに発音(?)する声に、
こっちの体も目覚めるような思いでした。
この声が聴こえて初めて梅雨明けの実感が湧くんだよな〜。
夏が暑すぎて、蝉も夕方から鳴くようになったし、
数年前から関東にはいなかったクマゼミの声が聴かれるようになった。
長くなった夏と、モンスーン地帯のようなスコールと。
何を並べ立てても国土そのものが日本のかつての気候から変貌しようとしているなかで、
私たちの性質も気づけば変貌するのか、したのかもしれない。
そういうものなんじゃないかと思う。
江戸時代の日本人が東京を見たら
ウジウジした無粋なやろうが増えたもんだ
と思うかもしれないし、
なんとセカセカして気構えの軽々しい
と思うかもしれない。
夏の風情が年々どこかへ消えていくのが、
心からさびしい。
海沿いで育ったこともあって、
夏になると、湿った空気を含んだ風を感じたとたん、
海が見たくなったし、
入道雲がそびえる港が見たくて見たくてたまらなくなった。
そういう風のなかにかすかにあった季節の知らせが、
どうか残ったままでいてほしいと、
切実に願うようになってしまった。
鳥や動物や植物や虫や微生物、
土と水と風と海と、
うねるようなちはやぶる生態系のおかげで、
こういう島に、こういう人間たちに、育ててもらったんだから。
なにか美しい幻想があるわけではなく、
この土と水が与えてくれるものと一緒に生きてきただけなんだ。
勝手にここまで生きてきたと思うのは傲慢だろう。
いのちを掌握しきれると思うのも、傲慢だろう。
今ではもう当たり前になってしまったけど、
この言葉の意味を貼っておきます。
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