よむためにうまれて

子どもの本のことを中心に、ひまができたときにのんびりと書いています。

クマにあったらどうするか

昨年、桜木町にある Story Story Yokohama に行ったとき、

『クマにあったらどうするか』というタイトルが目に留まり、購入しました。

アイヌ最後の狩人、姉崎等さんへのインタビューをまとめた本です。

もともとは2002年に出版されたものだったようですが、ちくま文庫で刷りを重ね、2026年現在でも姉崎さんの貴重な言葉を聞くことができます。

書籍というのは、そういう知恵を後世に引き継ぐ重要性を担っているんだなぁ、とあらためて思いました。

ネット上のものはすべていつかはどこかへ消えていくのかもしれないし、

あるいは電気がなかったら見ることもできないわけですけど、

本は、物として、言葉として、保存されていきます。

・・・というわけで、そんな意義をひしひしと感じるほど、この本は約25年を経て内容が切実さを増しているように思います。

 

姉崎さんは、父親が和人、母親がアイヌだったため、アイヌコミュニティに伝わる猟の秘訣などを伝授してもらえなかった。

それでも、貧しさゆえに子どもの頃から働き始め、65年間猟師として生きてきた経験が結晶した智慧は、北海道大学の調査にも活かされるほど卓越したものになった。

 

そんな姉崎さんにとって、熊こそが狩りの師匠だったという。

これはいろんな人が話していることだけど、

何かを狩ろうとか、獲ろうとか、釣ろうとするとき、その相手の気持ちに限りなく接近するらしい。

熊を獲りたければ熊になる。イタチを獲りたければイタチになる。

つまり、狩猟という行為は相手の命を奪う行為ではあるのだけど、

その行為を介して人間はその生きものに最も接近し、

接近するほどに相手を敬い、命をいただいてきた、ということなんだろう。

狩猟は複雑な心理状態を人間にもたらす——罪悪感、高揚感、尊敬、愛惜。相手とののっぴきならない命のやりとりの場を何度も経て、相手を知るごとに敬意が増すのだろう。

同時に、そのような相手よりも強くなければこちらの命を奪われてしまう。昔は、そういう肚の底から湧いてくる強さが、人間を人間という生きものにしていたのであって、人間は人間であるだけで、なんらかの矜持を持って人間をやれていた時代があったのだ。

 

さて。とにかくこの本には姉崎さんの名言が満載です。

そのなかで姉崎さんは何度か、

「熊は怖くない」

「熊は臆病な動物」

という。

実際、姉崎さんの言葉を通して理解する熊の実態は、驚くほど賢く、思慮深く、人間をよく観察している。

 

クマは人間の行動が全部見えるような近いところに暮らしているんです。(略)

だからといって、人間の子どもたちが近くの山に遊びに入っても、事故が起きるものではないんですよ。彼らは人を襲うというよりは、遠慮しながら人間のそばで暮らしている動物ではないかと思うんです。

 

姉崎さんは、熊がどこを歩き、どんなふうに生きているか徹底的に調べていた。熊を獲ったら自分で解体して、彼らが何を食べて生きているのか、腸や胃のなかも調べ尽くした。

私が驚いたのは、冬眠明けの熊は意外にも元気らしく、とりあえず穴から出たら木に登ったり斜面を滑ったりして遊ぶのだという。

子連れだった場合には、滑り台をつくって(!)仔熊を遊ばせてやるという。

人間よりうまく作るんですよ。これは単に子どもを遊ばせるためだけに作るんです。(略)こういうのを見ると、クマは人間より知恵があると思いますね。

やっぱり!遊ぶ動物は知能が高いのだ。

そして冬眠明けの熊は、いきなり食糧を求めてむさぼり喰うわけではないらしい。

断食明けの人間が少しずつ胃をならす必要があるのと同じだという。

里へ出て来る荒ぶる熊のイメージから誤解されがちだが、熊の実態は「小食」で、基本は「草食」だ。

特に夏場は草ばかり食べているし、一番好きな食べものはコクワとハチミツで、あまいものはだいたい好き(☺)。

 

もちろん、タイトルにあるとおり、熊から逃げる方法もしっかりまとめられている。

詳しくは本を読んでいただければと思うが、一番大事なことは「逃げない」こと。

背を向けて走って逃げようとすると、熊は本能的に追ってくるらしく、逃げずに肚から大声を出して威嚇するのがいいらしい。

(そういえば、知床の漁師さんも、全く同じ方法で熊を避けながら熊とともに海辺で生きていた。かなり前にドキュメンタリーでやっていたのを見て、日本人の自然とのつきあい方の昔ながらの姿がそこにあったのを覚えている。

今まで見たドキュメンタリーのなかでもトップクラスに印象深いものだった。)

でも熊に遭遇して逃げてはいけない、というのはかなり究極的な肝試しというか度胸が据わっていないと無理なんじゃなかろうか。

それでも姉崎さんは、腰が抜けて動けないならそっちの方がまだいいという。

そして、大きな熊ほど危なくないらしい。これも全く私たちのイメージをくつがえされるところだろう。大きな熊は年齢がいっている熊だと考えられるから、むこうも賢くて経験値があり、人間に会うと厄介だと知っている。

若い個体ほど血気盛んでヤンチャをするのは、人間も同じね。

 

 

・・・・➰➰➰🥝

そのほか、熊の驚きの知恵や、一番嫌いな生きもの、姉崎さんの飼っていた名犬アクのことなど、興味深いはなしがたくさん出てきます。そのたびにいちいち感嘆しながら、うなずきまくって読みました。

しかし。後半へ進むにつれて、熊に対して与えてきた人間の影響を深く考えさせる内容になっていきます。

 

長くなったので、ここから先は「後編へつづく~」にしておきます🐻