世界には、つねに反対側が存在しますね。
私たちはいつも自分側の世界しか見ることができない。
観ようとしないかぎり、他者側の世界はいつだって見えません。
それは同時に、相手から見た自分の本当の外見を見ることができないのと同じです。
本当の自分の顔を知るには、他者からどう見えているか、世界を反転してみようと努めるしかありません。
熊にとって、日本人とともにこの島国に生きてきた月日は、どんな世界だったんだろうか。
広葉樹の減少
姉崎さんはまず、植林による広葉樹の減少についてふれている。
植林が盛んだったときに、もともとあったミズナラの木を戻さないで、マツの木などの針葉樹ばっかり植えたでしょう。エゾマツとかトドマツばっかり植えたからね。
結局そのような木は、クマから見ても鳥から見ても嫌うんですよ。針葉樹の下というのは、土壌もかなりやせているからミミズもいない。(略)実りも何もないしね。そのせいでクマの行動範囲が広くなったということはあると思う。
広葉樹の森を成長の速い針葉樹に変えてしまったことは熊の被害を語るときに必ず指摘される。
もともと広葉樹の豊かだった土地を日本人は針葉樹だらけにしてしまった。
そう。花粉症で毎年お困りのみなさん。
貴方が毎年悩まされているそれは、まぎれもない人災です。
花粉症は人災です。
(アメリカだったら、呼吸する自由を侵害されている、と国と業者を相手どって集団訴訟を起こされるかもね。笑)
熊の行動範囲の拡大とこの国民的アレルギー症状の拡大は、同じ源にいきつく。
そして道路をひき、自然林への人間社会の侵食が進むと、「クマが本当に住んでいるという場所との境界線が引けない」のだという。
近づいてしまったのは人間の側だということだ。
ルールを守らないのは人間のほう
そうなると、森や川へと入り込んだ人間にルールを守らせることの方が不可能だと姉崎さんは嘆く。
規制をよしんば作っても、クマの方は守るかもしれないけど、人間の方は守らないでしょう。
この言葉は本当に印象的だ。
食べたものを捨てない。匂いを残さない。ゴミは必ず持ち帰る。
それを徹底できない人間が、熊を人間側へ匂いでおびき寄せてしまった。
姉崎さんは特に、釣り人が一番悪かったという。
カップラーメンを持ってきて、食ったらポンと捨てて。だからクマが悪いんじゃなくて、人間の習慣で悪者にされちゃったんですよ。
特に、熊は抜群の嗅覚をもっているから、人間の食べるようないい匂いのするものを嗅ぎつけないわけがない。
そうして一度おぼえた味を求めて、人間の方へ人間の方へと熊はやってきてしまう。
スギにしたって同じだろう。彼らは単なる植物であって悪者ではない。
悪者とは、時に誰かの都合でつくりだされたものでもある。
死んだ山
姉崎さんの話は、本の最後にきて熊から山全体の生態系へと及んでいく。
営林のためにネズミまで殺してしまう営林署への強い非難の言葉は、死んでいく山と動物の切実な声を代弁しているように思う。
規制を作るのも人間なら、規制を破るのも人間だと姉崎さんは訴える。
山があり、動物が生きていただけの空間に、人間は目には見えない法規制をかける。
するとその山がもともと人間の自由な所有のもとにあったかのように勘違いするのだろう。
木を伐り、野性の動物の暮らしていた場所は消えていく。
私がこの本で最も印象的だった姉崎さんの言葉。
ネズミも、もともと地球の大昔から同じく生きてきた仲間なんだから、一つのものを嫌わないで、全部が暮らしていたほうがいいんじゃないかと私は思う。
全く同じようなことを、宮脇昭さんも言っていた。
宮脇さんは、植物生態学者で、ドイツで「潜在自然植生」というのを学んできて、日本においてはそれが「鎮守の森」に相当することに気づかれて、日本各地、あるいは世界を飛び回って、その土地本来の植生を取り戻す活動をされていた。
東日本大震災のときに、神社のまわりの昔ながらの植生によって津波が食い止められていることに気づき、政府も巻き込んで「いのちの森づくり」として継承させた人だ。
宮脇さんは、石牟礼道子さんとの対談でこう語っている。
生物社会では、いやなやつともがまんしながら共生するほうが、生態学的には正しいのです。
生物社会では好きなやつだけ集めたりせず、仲の悪いやつといっしょにやると成功するんです。
一つのものを嫌って駆除するとか、
仲の悪いやつといっしょにやれない、
というのは、要するに昨今とみに言われるようになった「レジリエンス」が脆弱になっていることの裏返しなんだろう。
ストレスやダメージからの回復力をレジリエンスとかっていうことがあるけど、
ほかにも、白か黒かではなく、答えの出せない状況にがまんづよく対処できることにもいわれたりする。
それは生態系にもあって、生態系のレジリエンスは生物の多様性と気候に適した植生によって再生能力が高く維持されるということなんだと思う。
私はこの生態系の耐久性、さまざまな生物がいることによって保たれているレジリエンスが重要だというおふたりの言葉は、何かを象徴しているような気がしてならない。
至言だと思う。
・・・➰➰🥝
ところで、Story Story Yokohamaで文庫本を買うと、有隣堂おなじみの文庫本カバーラインナップに“岡崎百貨店”のカバーがあります!
そしてこのカバーを選ぶと、特製キキちゃん栞が付いてきました~ヽ(*¯︶¯*)ノ ヤタッ!
