「戦争に負けたんだから仕方ない」
こどもの頃、何かあると祖母がよく口にしていた。
企業の偉い人が頭を下げたり、
政治家が失言で辞任したり(失言ひとつで辞任ものだった時代へのノスタルジーに駆られます)、
みっともない悪事のニュースが流れるたびに、
祖母はそう言っていた。
そして続けてこうも言っていた。
「日本はアメリカの51番目の州になったからね」
祖母の真意としては、
人間としての矜持のようなものが溶解して崩れ去っていくことはもはや歯止めがきかないだろう、
そしてそれはすべて、敗戦以後の一貫した現象だ、ということだったと思う。
私は祖母のこの諦めきった言い方が凄くイヤで、
(そうなっちゃった後に生まれてきたこっちはどうすんの? そんな社会にしといて「仕方ない」といわれてもさ)
と思っていた。
しかし大人になった今、久しぶりにその言葉が頭に浮かんできて思う。
祖母は出不精で家が大好きな主婦だったけれど、新聞を読み、今思えば驚くほど世の中のことを観察していた。
メモ魔で、そして、徳を大切にしていた。
私に、たくさんのいい言葉を教えてくれた。
昔、こどもから見た大人はそういうふうに政治を眺めていた。
どんな政党の誰であろうと「政治家」というのはどこかで必ず私腹を肥やし、裏のある職業であるという“大前提”を持っていた。
それは揶揄でもなんでもなくて、政治家という職に対する人々の基本的なイメージだった。
政治不信というよりも、大人としての批評精神としてそうだった。
政治はいつだって功罪の罪側の割合が多いものであることを、どんな大人も見切っていた。
必要悪として眺めていた。
政治のことがわからなくても、大人を下から眺めていた子どもにも、そうした批評精神は感じられた。
(あるいは、それがポストモダン的な時代感だったのかもしれないけど。)
あるときから政治は「劇場型」と呼ばれるようになり、
選挙で問うことが白か黒かの2択であるほど大勝する方程式ができあがった。
それから20年くらい経ち、
政治は「推し活化」したと言われるようになった。
でも今や「推し活化」だけでは終わらず、
「宗教化」と言ってもいいのかもしれない。
政治の宗教化。
眼をうるうるさせながら全面的肯定に乗っかる支持者が出てきて、
「信者」と呼ばれるようになった。
そらそうだ。
他国のカルト教団からそうした手段について支援も受けたんだろうから。
Ask black or white, then speak clearly but say nothing.
それが教祖になるヒケツ、ということなんだろう。
戦争に負けたんだから仕方ない。
と今、私も思う。
いや、祖母の言い方は少し正しくなかったと思う。
正しくは、
負ける戦争をしたんだから仕方ない、だ。
戦争に負けたんじゃない。
最初から負けると計算されていた戦争を始めたんだから。
そういう緻密な話はますます敬遠されるし、
別言語レベルで通じなくなっていくのだろう。
対話は拒絶されるのだろう。
そのとき私たちはどうやって社会のことを話し合うのか、
もはやわからない。
無理かもしれない。
熱い熱いと言いながら薪をどんどん焚べて、
燃やして、
さらに熱い熱いと憤怒に燃えて、
敵をつくって火を吐き、この島を枯らすのだ。
私たちが、この島を枯らしているのだ。
ただ。
もし万が一、いつか気がついたときには芸術も文化もお笑いもスポーツも、
純粋に楽しめなくなるような日が来るとしたら、
自分はあのとき与しなかった、
という自分の人生のためのアリバイづくりはしておいた方がいいはずだ。
どんな社会になっても、自分で考えて自分で決めてできることをした、
という自分に対するアリバイさえあれば、
のちのち、余計な正当化や歪曲をして自分に嘘をついて生きていかずに済むから。
💎💎💎
祖母が悪いニュースを見ながら、
もうひとつよく使っていた言葉がある。
人品
とよく言っていた。
たしか美輪明宏も「上品」「下品」はもともと仏教用語で「じょうぼん」「げぼん」と呼ばれていたものだと、どこかで説明していた。
人徳や矜持や倫理をひっくるめたうえでの人間性の質を指していたんだと思う。
今その言葉を思い出して、
どのような世の中になろうとも、
自分の人品に気をつけるんだぞ、と思っている。
祖母は私に、たくさんのいい言葉を教えてくれた。
メモ魔で、そして、徳を大切にしていた。