よむためにうまれて

上昇気流にのって旋回する沖合いのカモメのように、子どもの本のまわりをぐるぐるしながら、ぷかぷかと日々に浮かぶマナティのような個人的記録も編んでいます。

祝・2019年修了~!

誤植ではありません。

まさに、気持ちが2019年という一年分をめでたく「修了」したような気持ちです。

とっても、、、修行のような一年でした。笑。

あらためて、人生って修行なのか、とありきたりでありつつも、身にしみるようなことを、実感する一年でした。

果たしてこの一年を修了したことは、来年以降にいきてくるのかは、わかりませんが、今年が終わってゆくことに、本当にほっとしています。

大掃除をしまくりました。

今年読んだ本をふりかえる暇もなかったです。


そして、来年最初の「読み初め」を飾る本は、もうすでに手元に用意してあります。読むのが楽しみ~♫

 

その年の最初に読む本は、その年を占う一冊に・・・、という傾向は、今のところないようです。笑。

ただ、その「前」の一年を象徴することが多い、というのは、実感しています。

だとしたら、「読み納め」の一冊にした方がいいのかもしれませんが、そうではなくて、

この本のこの内容が身にしみて実感としてよくわかる、とか、こんな本も楽しめるようになった、とか、そうした、自分の積み上げた人生の一節をかみしめて、新しい扉を開くような、そんな感じなのだろうと思います。

 

すべての物語は、その前の物語の振動から始まっていく、

と、そんなような意味の言葉を、スーザン・クーパーが言っていました(このとおりではなくて、そんなような意味あいでした。今、地元に戻ってきているので、また東京に戻ったら、書きとめておいた言葉を探してみます。)。

 

ひとつだけ、閉じていく年とともに、実家の近所のお団子屋さんが、閉店してしまったことが、春のような大晦日の一日をすごしつつも、何となく心に寂しさとしてひっかかっていました。

本当にすぐ近くにあったので、毎朝、布団の中でお餅をドシンドシンとつく音で目が覚めたほどでした。

小さい頃、よく、学校から帰ると、おばあちゃんからお金をもらってお団子を買いに行きました。ここのお店のみたらし団子が大好きだったのです。「みたらし団子」なんて言わずに、「おしょうゆのお団子」と呼んでいました。私が行くと、ときどきお店のおばちゃんが、すあまをおまけに一つ入れてくれました。

おかげさまで、みたらし団子は、世界で一番好きな食べ物のひとつです(もうひとつはたこ焼き)。 

昨日も、昼間、大掃除をしていると、ドシンドシンというあの音が聞こえてきて、「今日はお店開けるみたい!」と家族中がわきました。最後にお店を開けてくださったので、残っていたおしょうゆのお団子を、すべて買い占めてきました。笑。

 

そんなひとつひとつの思い出が、まわりの景色が変わってゆくごとに、濃さを増すような気がします。

もう二度と食べられないお団子、

行けなくなった場所、

聞けなくなった音、

二度と会えない人。

心のなかにしかないものが増えていくなぁ、ということを、今年は妙に、感じる年でした。なんだか、そうして、自分の中の一部が死んでいったような、そんな思いが、ずっとぬぐえない年でした。

そう。今年最初に読んだ本は、North to the Orient でした。

 

来年は、引き続き、留学中に訪ねた本屋の記録をつづるだろうと思います。

 

今年も一年ブログをやめずに続けられたことに、自分で拍手!

そして無事に留学を終えたことに、拍手!

Julian Is a Mermaidが出版されることになったことに、あらためて拍手!

今年読んだ本たちに、ありがとう。

今年訪れた本屋さんに、ありがとう。

 

ゆく年に、さよなら。

 

よいお年を、お迎えください

f:id:tokyomanatee:20191231172703j:image