「ムナフオタテドリ」とググると、右側にはに英語版ウィキペディアが表示され、ちょうどロビン(コマドリ)のような胸元がオレンジ色の可愛らしい鳥の画像がでてくる。
タイトルには、
Chucao tapaculo
という名前。
チリでチュカオという名前でよばれている鳥だ。ふと保全状況を確認すると、Least concernの緑色。
なーんだ。全然いっぱいいる鳥じゃん(´・ω・)
と思ったけれど(私はてっきりこの鳥は、大泉さんが必死で追ったあのケツァールのような幻の鳥なのかと想像していたのです。)、それでも森の中でその鳴き声が聴こえたらわくわくするだろう。願わくば右の耳にその声をとらえたい。
チュカオの鳴き声が右から聞こえれば幸運の、左から聞こえれば不運な出来事の予兆である、と聞いていたネフタリ少年は、自分も兄のように父に森へ連れて行ってもらえることを楽しみにしている。
兄はしかし、父親に連れて行ってもらったとき、左側にその声を聞き、嫌な思いをして帰ってきた。
果たしてネフタリ少年は今度晴れて森へ連れて行ってもらえるとき、チュカオの声を聞くことができるだろうか。そしてどちらの耳にその声を聞くだろうか。その姿を見ることはできるだろうか。
チリのノーベル文学賞受賞詩人パブロ・ネルーダの少年時代を題材にして、少年が自分の名前を見出し、そして父親に別れを告げて大学に進学するまでを描いた『夢見る人』(原田勝訳、岩波書店)。
「上半期」というにはまだあと1か月あるけど、自分が今年読んだ本の中で暫定1位です。
夢見がちでぼんやりしてばかりいる、といって父親に叱られ、いつまでもひょろひょろとやせている、といって父親に叱られ、本ばかり読んでいると当然、父親に叱られる。
父権制の権化のような父親の影響は、少年が吃音であるところにも十分あらわれている。
父の考える「健全な」男の子に育てて将来は医者にさせる、という自分が決めたわけでもない自分の未来像は、少年には全く意味のないことだった。
それよりも、ネフタリはまわりの小さな物たちにまなざしを向ける子だった。
そしてキラキラと自分を誘うたくさんの言葉に惹かれた。
少年は言葉を集める。
丁寧にたたんでは、引き出しにこっそり入れて集める。
それはまるで、虫好きな男の子が虫の美しい姿をそのままとどめて標本にしていくように、少年はその言葉ひとつひとつを愛していたからだろう。
どっちがするどい?
夢をたちきる斧?
それとも、
新たな夢への道をひらく大鎌?
ネフタリ少年の成長の背後にあるのは、恐ろしい父親像だけではない。
歌のうまい兄、ネフタリと一緒に海辺の試練を味わう妹。
そして新聞社で原住民の権利のために戦うオルランドおじさん。
塀から子どもの手が差し出した小さなヒツジ。
腕の中の傷ついたハクチョウ。
ならべらていくマルメロの実に、海辺でひろった淡い青灰色の石と恋の行方。
絵画のようなエピソードを越えて、やせた外見とは反対に、ネフタリの詩人としての才能と炎が燃えはじめる。
燃えつきたように見えるものの下にもまだ熾火が赤々としていることを知って、少年は大人になる。
自ら新しい名前を見出し、やがて大学へ進む。
パブロ・ネルーダの詩はぬかるみをよけずに歩いた。
後にピノチェト政権から「反逆者」認定されたというパブロ・ネルーダは、自宅に押し寄せた武装部隊に対して
「見るがいい——ここには、きみたちにとって危険なものはひとつしかない。それは、詩だ。」
と言ったらしい(筆者あとがきより)。
そして石畳の道を堂々と歩いた。
少年ネフタリからパブロ・ネルーダとなっても最後の最後まで権力的なものに対して戦い続けたんだな、というのがわかるエピソードだ。
強大な父の影と、正義を信じるオルランドおじさんと、この2人の大人の間で育った経験は、チリという政治的に不安定な国家の中で詩を書きつづけて生きるのに十分な免疫力と抗体を彼に与えたのかもしれない。
わたしは詩、
詩人をじっと待っている。
わたしの投げる問いには
千の答えが
ある。
📚
私はパブロ・ネルーダのことを全然知らなかったし、彼の詩も読んだこともなかったけど、十分に楽しめました。
ラストの畳みかけ方がとても感動的で、パブロ・ネルーダの詩も読んでみようと思っています。
日本の古本屋で検索すると、邦訳がピンからキリな値段で出てきましたが、もうひとつには、英語版で読むという手もありそうです。英語版の方がいろいろ出ているみたいで、特に作者のライアンが最終的にたどりついたという『問いの本』(Book of Questions)というのがめちゃめちゃ読んでみたいな、と思いました。Amazonで検索すると「売り切れ」だったのですが、どうやら新版が近々に出版されるようでお値段を見て要検討かなぁ。読んでみたいなぁ。
途中に入る詩、イラスト、章立て、あとがきとネルーダの詩が少し掲載されているところ、装丁、横書きなところ、全部気に入りました。