よむためにうまれて

上昇気流にのって旋回する沖合いのカモメのように、子どもの本のまわりをぐるぐるしながら、ぷかぷかと日々に浮かぶマナティのような個人的記録も編んでいます。

ピーター・シスにはまる。

最近では、何かにはまって、いわばobsessedな状態になることを「沼」と称するらしいですね。

だとすればこれも「沼」と呼んでしまっていいのかもしれない。

 

『夢見る人』の挿絵で出逢って以来、ピーター・シスのイラストに魅了されてしまった。

彼の絵本に当たれるだけ当たっている。

だいたい、『夢見る人』の中のひつじのイラストを素通りできるだろうか。

あんなにかわいいものを素通りできるだろうか。

たれた頭に何も考えていないようで何かを語っているかのような目。

ひつじは、物語の中ではおもちゃのひつじなのだが、おもちゃとしての物質感とそれ以上の何かとの絶妙な間の「ひつじ」が表現されている。

かわいい。

このままこのひつじを、何かのグッズにしてほしいくらいかわいい。

 

『夢見る人』はチリの詩人パブロ・ネルーダの伝記的物語だけれど、この挿絵にピーター・シスが使われたのは必然だ。

"伝記物=ピーター・シス" とイコールで結んで差し支えないだろう。

チャールズ・ダーウィンの生涯を描いた『生命の樹』、「地動説」を唱えて幽閉されたガリレオガリレイの『星の使者』、人間の自由と尊厳を伝えた物書く飛行士サンテグジュペリの『飛行士と星の王子さま』、黄金の国ジパングを発見したと信じたコロンブスの『夢を追いかけろ』。

(欲を言えば、今度は女性の伝記も書いてほしいですね~)

どれも、時を忘れて彼らの生涯と生きた時代に没入できる仕掛けを宿している。

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生命の樹』より

「シス節」と名づけたいほどに、彼のイラストはさまざまな文法で語りを構成している。

彼の多用する枠やコマ割り、渦などが物語の土台を組み立てていて、読んでいく側は構図の変化とともに配置された文字とイラストを追うだけで、難なくその世界に入り込むことができる。

「ここがこの世界の歩き方です」とわかりやすく招いてくれているようなものだ。

親切でありながら、語りすぎない余白もすみずみにたっぷりと残されてある。

さらには謎かけのようなファンタジックさのスパイスも効いている。伝記というノンフィクションを扱っているテキストに対して、ファンタジックなフィクションの広がりをイラストが開いておいてくれる。テクストの事実とイラストの事実以上のはざまに出来た気流のおかげで、その翼に乗りやすいようにつくられているのだ。

つまりはもう、すばらしい語り手です。

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生命の樹』より

 

そして、良質な語り手は、どこで沈黙すればいいかもよく心得ている。

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空の上でふと幕を閉じてしまったサンテグジュペリの最期が近い場面で、作家は宏大な海と空を描くだけで、その旅路がもうすぐ、さらに遠い場所へと向かうことを示唆する。

あるいは、幽閉されてもなお夜空を見上げ続けたガリレオガリレイの強い意志を、窓だけで表現できる。さらに頭上の星で、そんな彼の功績を讃えている。

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このクリエーターは黙るべきポイントも、その金言の価値も本当によく理解している。

 

そしてまた、お父さんが映像作家だったせいなのか、ズームインとアウトの手法がすばらしくて、ページを繰っていくごとに場面の切り替えをするのが巧みだ。

地図や島なんて描かせたら抜群にうまい。

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(こうしてみると、日本が早い時期に植民地化されずに済んだのは、当時の航路がまだ太平洋外だったせいもあるんだろか。などなど、いろんなことに気付かせてもらえます。)

見開きの世界のなかを、目線がきもちよく泳ぐことができて、うまく編集してハイライト場面を切り取った映像を観ているかのようにわかりやすい。

たぶんショーン・タンみたいに、サイレント・グラフィック・ノベルも創ってみたらおもしろいのができるんじゃないかな~この人は・・・、と思ったら。

『マットくんのきょうりゅうだ!』などは、テクストのない絵本だ。お風呂場で恐竜のおもちゃで遊んでいたら、本物の恐竜がわんさか出てくるストーリーで、おもしろいことはおもしろい。

がしかし。残念ながら

「いや、これじゃないでしょう。。。」

という思いはする。しかも途中は明らかにWhere The Wild Things Areを意識したプロットと構図だ。

こんな海や空や島々のスケールを描ける作家のつくるものとして、これじゃぁないでしょう、と、そんな思いがした。

もっと、『アライバル』くらいに重厚な作品をシス独自の世界観で描けるはずだ、と。

 

(まだつづきます。)