よむためにうまれて

上昇気流にのって旋回する沖合いのカモメのように、子どもの本のまわりをぐるぐるしながら、ぷかぷかと日々に浮かぶマナティのような個人的記録も編んでいます。

(続)ピーター・シスにはまる。

例えば。

 

BL出版から出されている『オーシャンワールド』。

これもとっってもいい絵本。イラストだけの語りでこんなにやさしい語り方ができるじゃない、ということを存分に証明している。

読んですぐに手に入れたいと思ったのだけど、日本の古本屋で検索しても引っかからなかった。残念。残念すぎ。ぜひ再版をお願いしたい。

 

絵本はシスがとある水族館を訪れ、そこから家族に絵葉書を送ったという設定で(こういう作者自身をさりげなくも惜しげもなく登場させるところもショーン・タンに似ている)、まずその絵葉書から始まる。葉書には、水族館にクジラのメスの赤ちゃんが保護されているという話題が書いてある。

そして、人間にかこまれて育つだろう彼女がやがて大きくなって海に戻ったとき、ともだちができるのかどうか心配だと綴られている。

やがてクジラは大きく大きく成長し、海へと帰される日がくる。

 

彼女は海をひとり、自分に似たものを探しながら泳いでいく。

そこから先はイラストだけが語るのだけど、

これは似てるかな?

あれあれ、これは?

あなたはだれ?

とクジラの女の子がさまざまなものと出逢っていく旅路がとてつもなくやさしくて可愛い。

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果てしなく海をゆくクジラ

テクストがない分、クジラのゆく静かな大海の波音が聴こえそうなおだやかさもある。

例えば。

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ひとりぼっちの満月の夜

これとか。

この人は本当に、広大な海と星を描いたらほかにはもう何もいらない、ということを知ってるし、何もいらないくらいの静寂をちゃんと耳に聴きながら絵を描いてるのかもしれないな。

いやもう、すばらしい語り手です。

 

シスは、旧ソ連時代のチェコスロバキア出身。

東ヨーロッパから中央アジアにかけて衛星国が連なっていた時代のチェコの中で思春期を過ごしている。

そして、そんな時代を描いた『WALL かべ』。

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これもいい。とてもいい。

色のない東側社会の閉鎖性、息苦しさ、不自由さ、恐怖、市民どうしのお互いへの疑いを描きつつも、イラストのやわらかさとユーモアで緩和されていて読みやすい。

そして、当時いかにロックが鉄のカーテンに光の差し込む穴をうがったか。

シスはその音楽に夢中になる。

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今ではロックって、その存在意義的なものがどこまで維持されているのかわかりません。

でも当時、抗えないものに抗っていこうとか、情けなさも歌ってしまえばいいとか、そういう元気があった時代だったと思う。壊したいものが明確にそびえ立っていて、壊す手段をまだサイバー空間ではなく現実空間の中で模索する以外に道はない時代だったからこその輝きみたいなものが、この時代の現実と歴史をつくりだしていた。

どんなに壁がつくられてもどんなに何かを禁止されても、鮮やかな生命力をもったものは伝わってゆくし、そういうものはたいてい芸術で、なかでも音楽というのはすごい力をもっている。

電波さえあれば乗っかってゆくことができるという意味で、風に乗ることができる芸術だから。

このページも、とてもいいですよねぇ☟

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されてもされてもまたかいた。

主義がどうとか何が正しいとか、国と時代によって操作されるものはいつでもどこにでもある。でも、一番下から這い上がってくるマグマみたいな人間の強さは、いつだって人を通じて感染し人を動かしていく。小難しい主義主張よりも、もっとシンプルなものがあるだろう、と。もっと単細胞生物のように単純に心が動くシステムが、人間にはあるじゃないか、と。

そしてそれはなぜか、若者にこそよく伝わる。

 

その後、シスは自由の国アメリカに渡って今もアメリカに住んでいるそうです。